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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)97号 判決 1982年10月21日

広島県福山市本郷七八一番地

上告人

坪山克己

右訴訟代理人弁護士

門田實

滝谷滉

広島県福山市東桜町五番一一号

被上告人

福山税務署長

山田達雄

右指定代理人

亀田哲

右当事者間の広島高等裁判所昭和五一年(行コ)第四号所得税賦課決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年三月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人、上告代理人門田實、同滝谷滉の各上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右違法があることを前提とする所論違憲の主張も前提を欠く。要旨は、ひっきょう、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤﨑萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一)

(昭和五五年(行ツ)第九六号 上告人 坪山克己)

上告人の上告理由

一、原判決には憲法第八四条に違背する理由不備の違法がある。

原判決は、その理由で「本件各決定、これに対する異議……についての控訴人(上告人)の主張は当事者間に争いがない」、同理由の1は「異議申立棄却決定に関」し「本件決定と異議申立棄却決定とは別個の処分であり、後者に関する手続に違法があったとしても固有の瑕疵として前者の効力には関係がない」とされている。しかし、処分は異なっていても本件各決定の確実性正当性を具体的に明らかにする手続は国税通則法第八四条による異議決定処分以外にはないから、憲法第八四条の租税法定明確主義に基づく判断と具体的理由が付されるべきと思料されるが、原判決は前示判旨があるのみで、事実摘示も単的表現にとどまっている。もっとも国税通則法第七四条一項違反については、判決事実二の2の被訴訟人(被上告人)の主張(二)のなかで「異議に関して昭和四六年一一月二二日に控訴人(上告人)につき調査を行ったが別に意見を述べなかった」と摘示されるが、事実不存である(上告人の昭和五一年九月一四日付準備書面(3)の三、及び昭和五三年二月二三日付準備書面の第一の2、各参照)。

次いで原判決が具体的事実摘示をされない重要事実は、本件各決定の時点における本件実用新案権の減価償却に関する計算事実で、国税通則第八四条四項五項によれば、甲第三七号証甲第三八号証甲第三九号証について、本件各決定のそれぞれの正当を維持する明らかな理由附記を義務づけているが、右各甲号証のそれは、すべて不正不備そのものであるのに、原判決理由は「主張自体が失当」とされるのである。けだし右理由附記において、甲第三九号証の不正につき被上告人は昭和五二年二年二四日付準備書面の二により、これを認める旨主張し、更にこれを補正する為本件(1)の決定に対する更正処分をした旨の主張をなしている。これら被上告人の主張は本件(1)の決定の当初の処分の不正当はもとより、甲第三九号証が維持する本件(3)の決定の処分の不正当をも自認したこととなるが、その不正事実こそ前記の減価償却に関する計算事実である。上告人は昭和四七年九月三〇日付準備書面の六の(二)、更に昭和五一年七月八日付準備書面の第一の二の(二)を以て本件各決定処分の時点における本件実用新案権の減価償却に関する計算事実を明らかにするよう求釈明に及んだが、ついに明らかにされていないのである。

原判決は、その理由三の4において、本件「実用新案権が所得税法上の減価償却資産……に該当」とされながら、引用説示と別表五はいずれも本件(1)の決定に対する更正処分の際の減価償却に関する計算事実のみであって、本件各決定の当初の処分の際の減価償却に関する計算事実については全く明らかにされていないのである。然るに原判決理由四は、第一審判決理由五の「以上の説示によると、本件(1)の決定は本件減額更正によって維持された限度において本件(2)・(3)の決定は当初の処分についていずれも違法がなく適法」を「相当」とされるのである。

以上を要するに、原判決は国税通則法第八四条を適用されず、憲法第八四条に違背する理由不備の違法があります。

二、原判決には判断遺脱・理由齟齬の違法がある。

原判決は、その理由一で「本件(1)決定に対する減額更正がされたことについての控訴人(上告人)の主張は当事者間に争いがない」、同理由二の2は、右減額更正における甲第四〇号証の更正通知書の理由附記不存について、「青色申告」以外(上告人は白色申告との事実摘示はある)の更正通知書に更正の理由の附記は、それが「係争中にされたもの」であって「必要はない」旨判示される。

しかし本件減額更正は、前項掲記のように、甲第三九号証の理由附記の不正を補正する為に本件(1)の決定を更正した旨の被上告人の主張に照らし、かつ本件各決定における減価償却に関する計算の不存事実に徴せば、結局甲第四〇号証が単記する「減価償却費」は本件各決定を補正する為新規に設定された計算事実であり、しかもこの更正は異議申立不能な期間になされたことに鑑みれば、更正通知書には「減価償却費」を新規に設定した具体的理由、すなわち本件(2)(3)の決定と更正処分の正当性はもとより、本件(1)の決定の当初の処分の違法をも詳細に示す極めて厳格な理由附記の必要は論をまたず、第一審判決理由二の(七)が1から6まで説示して別表五を付し、理由五において、はじめて「以上の説示によると、本件(1)の決定は本件減額更正によって維持された限度」という理由によっても甲第四〇号証の理由附記の必要の絶対性は証明されるのである。

原判決理由三の4も右第一審判決理由と殆んど「同一~……判断」とされながら甲第四〇号証の更正通知書に理由附記の必要がない旨判示されるのは明らかな理由齟齬である。

次いで本件減額更正そのものが国税通則第七〇条に違反することについて、上告人は昭和五一年七月八日付準備書面の第一の三で「更に右取得価額を減額して九一二万円とした手続は実質的には二重の更正手続にあたり控訴人(上告人)について昭和三六年六月一四日以前に損金が二九八万円あるものとする更正に外ならない」と述べ、昭和五一年九月一四日付準備書面(3)の四において「更正処分における減額手続きの違法」として被上告人が「昭和四八年一月一〇日付でなした更正処分は……国税通則法第七〇条の損金更正の覧定に違反し……当然効力を生じないので、判決(第一審)がその理由五でいう、本件(1)の決定は本件減額更正によって維持された限度において……なる認定は是認することができない」などの主張については、原判決事実に摘示がなく、被上告人の主張事実のなかに「また七〇条の制限は更正そのものの増減をいうもの」とされたのがみえるのみであるが、結局、増減の数値(金額)はともかくとして、本件(1)の決定処分前一〇年、更正年分前六年、以上を逆のぼって上告人の損益金を訂正するなど許されるべき筈はないが、原告判決はこの点について判断されていないのである。

以上により原判決は判断の遺脱・理由齟齬の違法があります。

三、原判決には理由不備の違法がある。

原判決は、その理由三の4において「成立に争いのない甲第一三号証の一の一により」本件実用新案権の「取得価額として採用していること……これに関連する控訴人(上告人)の国税通則法七〇条に関する主張、減価償却計算……については当裁判所の判断も原審と同一」とされ、第一審判決理由の関係部分を引用されるが、上告人が第一審を通じ再三、再四主張するのは同法七〇条違反と信義誠実の原則違背であるところ、第一審判決理由は、その二の(七)の4において「甲第一三号証の一は被告(被上告人)の求めに応じて提出された所得税額算出の資料であることが認められ……納税申告書ということはできないし、また国税通則法七〇条……を根拠として、なした減価償却費の計算を違法ということはできないし、右計算をもって信義誠実の原則に反するものと認めることもできない」と、単的に結論が判示されているのみである。

すなわち上告人は原審昭和五一年七月八日付準備書面の第一の三で「課税庁は甲第一三号証の一の届出書を受理した場合、速やかに内容の調査確定をはかる職責を負い……一旦受理した右書面が仮に所謂手許資料であったとしても~~記載金額を何回も更正さえすれば税額は絶え間なく変り、租税債権債務関係の不安定は覆うべくもなく」と主張し、更に昭和五一年一一月二五日付準備書面の第一の三においては、上告人が「主張しているのは税額の更正はもとより七〇条2項二号、三号にいう損金の増減更正であって……課税標準額等であれ、これを計算する基礎資料であれ、およそ租税の債権債務にかかわりのある記録金額については実質の如何を問わず最長五年をもって区切りをつけ、それ以後の変更(更正)はできないというもの」など主張しているのである。

右は原判決が引用されるように甲第一三号証の一の一を納税申告書でなく本件各決定の税額を算出する為に被上告人が提出させた手持ちの資料とした場合であって、これを先ず信義則の面からみると、被上告人は六年以上前に提出させた税額算出の基礎資料である甲第一三号証の一の一を手持ちしながら本件課税処分をなしたのであるが、その際直接の担当官であった藤井久寿生の証言によれば、右手持ち資料の記載について「一億円については認められぬと考えそのほかのことについてはあまり検討しなかった」、これは黙認したというのであるが、続いて「四八年の処分(更正処分)のときは間違いに気付き詳細な検討をしました」、これは反言である(この証言は上告人の昭和五一年一一月二五日付準備書面の第一の二の(二)で引用)。結局被上告人は課税処分の際一旦認めた甲第一三号証の一の一の記載金額を更正処分により訂正する行為は禁反言を含む信義誠実の原則に反するものである。

次に国税通則法七〇条の規定からみると、本件各決定が無申告税を加算した自力執行の強制徴税処分であることに鑑みても、被上告人が六年以上前から手持ちしている資料、しかも税額算出の根基とした甲第一三号証の一の一の届出書の記載金額等について、課税処分の時点で訂正(減価償却を含む)しておれば格別、黙認すれば実質の如何を問わず記載金額はそのまま確定し不動の金額となる、つまり五年以上前の損金に関しては課税時点で確認ずみとして、その変更は許さずと定めるのが同法七〇条の法意と考えられる。従って、昭和四一年七月八日付以前における上告人の損益金に関する計算の訂正処分は同法2項二号三号の規定違反となるものである。

従って、原判決は、右甲第一三号証の一の一を資料としてみた場合の理由を欠ぐ点、信義則に反しない理由不明の点に理由不備の違法があります。

四、原判決は判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反がある。

原判決は、その理由三の4において、「成立に争いのない甲第一三号証の一の一により」本件実用新案権の「取得価額として採用していること……は当裁判所の判断も原審と同一」とされているが、被上告人は本件実用新案権の取得価額の認定について、右甲第一三号証の一の一を認定の根拠又は資料として採用していないのである。すなわち被上告人は当初甲一三号証の一の一の届出書の二の記載を資料として取得価額を認定した旨主張していたのであるが、上告人が昭和四九年六月一一日付求釈明の一により「何を根拠に……昭和三九年一二月末現在の取得価額と資本的支出の合計額の一部を昭和三六年六月一四日現在の取得価額と認定したのか、」また昭和五一年七月八日付準備書面の第三の五の末文において「取得価額認定の合理的理由と認定時期とを詳かにしていない」と主張し、更に昭和五一年一一月二五日付準書面の第一の二の(三)の2により、被上告人は「何を資料にして……本件権利の取得価額を認定したのか明らかにされたい」旨釈明を求めているが、全く明らかにしていないのである。これを要するに、被上告人の取得価額認定が甲第一三号証の一の一による旨の当初の主張は撤回されたとみる以外になく、従って前示原判決理由の取得価額の認定は、当事者が主張しない事実について判断されたこととなり、民事訴訟法第一八六条に違背した訴訟手続の法令違反と思料されます。

五、原判決には憲法第二九条の違背、理由齟齬の違法がある。

原判決は、その理由三の4において、本件実用新案権につき、「関係者が製作した減価償却資産に該当すると認められるので、その取得価額は……労務費……の合計」……「甲第一三号証の一の一により……労務費を除く費用……を取得価額として採用」とされ、「関係者が製作した」「労務費」は結局一円も取得価額として認められていないのである。

右は理由が齟齬するばかりではなく、上告人及び例えば個人発明家の財産権を侵害された認定と思料される。すなわち個人発明家の考案権たる「技術的思想の創作」(特許法第二条、実用新案法第二条)は発明考案者自身ないし関係者の労務費を以て存在し、この労務費なくしては取得し得ない資産であり財産権であるからである。従って原判決は、右取得価額の認定について、財産権を保障する憲法第二九条に違背し、前示理由齟齬の違法があります。

六、原判決には理由齟齬の違法がある。

原判決は、その理由三の4において、本件実用新案権の減価償却につき第一審判決の別表五を引用され、その「償却の基礎となる金額」九一二万円を昭和三六年六月から昭和四二年にかけて償却されており、右九一二万円は「甲第一三号証の一の一により……採用」とされている。

しかし甲一三号証の一の一の届出書の二つの記載金額は昭和三九年末までの資本的支出を算入しており、これを減額した右九一二万円のなかにも資本的支出が算入されているのである。そうすると昭和三九年の資本的支出(これは昭和三六年には未だ支出不明であるが、それはともかくとして)を三年前に返戻して更に資本的支出期間を償却してゆくという、重複齟齬の償却とでもいうべき計算を原判決理由は別表五と共に引用説示されているのである。

従って原判決には右減価償却の場において理由齟齬の違法があります。

七、原判決には審理不尽、理由不備の違法がある。

原判決は、その事実二の2の被控訴人(被上告人)の主張の(二)において「控訴人(上告人)に関してはいわゆる白色申告によるものである」とされている。

右は被上告人が昭和五二年二月二四日付準備書面の四において「控訴人(上告人)の如き白色申告に対する更正にあっては、理由付記は不要」と述べ、更に同五において「なお、控訴人(上告人)は白色申告である」と重ねた主張事実の摘示であるところ、原判決は右事実を漫然看過され、その理由三の5においては、各決定の無申告税加算を是認され、同理由三の4においては、甲第一三号証の一の一が昭和三九年分の期限後納税申告書に当る届出書であるのに第一審判決理由二の(七)の4を引用され「資料であることが認められる」とされている。なお甲第一三号証の二は昭和四四年分の期限後申告書と認められるべきである。

従って原判決は右事実について審理不尽、理由不備の違法があります。

以上

(昭和五五年(行ツ)第九七号 上告人 坪山克己)

上告人代理門田實の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要な事項について判断を遺脱した違法があるとともに、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、判決に影響を及ぼすべき経験則違反がある。

すなわち、原判決は上告人が昭和四〇年六月一八日付で被上告人に提出した届出書

(甲第一三号証の一の一)のうち

(1) 昭和二六年以来の特許庁出願費及び登録費(一件平均二万円)一五〇件分三〇〇万円のうち 金 二万円

(2) 研究場設備費、維持費(昭和二六年以来の一四年間) 金 一四〇万円

(3) 合成樹脂化工機械及び装置費(押出機その他) 金 一二〇万円

(4) 所成樹脂材料その他研究資材費 金 四〇〇万円

(5) ビニール織機(自動、手動等約一五台分) 金 一五〇万円

(6) 借入金利息その他 金 五〇万円

(7) 権利収入のために要した旅費等 金 五〇万円

合計 金 九一二万円

をもって、本件実用新案権の取得価額と認定した。

しかし、右(2)は、昭和二六年以来一四年間の研究設備費、維持費であるから、このうちには、上告人が本件実用新案権を取得するまでの費用のほかに、右権利を取得した昭和三六年六月一四日の翌日から昭和三九年一二月三一日までの資本的支出の額(所得税法施行令一八一条二号)が含まれているのである。

また、(3)のうち、押出機の双体成型装置に関する実用新案権(甲第九号証)は、昭和三八年一〇月三一日に登記されているから、右(3)の費用のうちにも、本件権利の取得費のほかに資本的支出の額が含まれているのである。

このことは、原審に提出した昭和五一年七月八日付準備書面(1)の第三の一において主張したにも抱わらず、原判決は上告人の右主張を遺脱し、これにつき判断を示さず、甲第一三号証の一の一の(1)ないし(7)により、本件実用新案権の取得価額が認定できるものと誤信し、前記の如き誤った認定をしたのである。

本件実用新案権取得の日である昭和三六年六月一四日当時の本件権利の取得価額を認定すべき直接の資料は、本件記録中には存在しない。上告人に提出した昭和四〇年六月一八日付届出書(甲第一三号証の一の一)は本件権利の取得の日の取得価額と昭和三六年六月一五日から昭和三九年一二月三一日までの資本的支出の額との合計額を記載したもので、右資料だけにより、本件権利の取得価額を認定することはできないのに、被上告人は右届出書記載の数字を恣意的に取捨選択して取得価額を金九一二万円と認定し、原審もまた同様の認定をしたのである。

右認定は左の理由により経験則にも違反している。

原判決は本件権利の取得価額を金九一二万円と認定し、資本的支出の額を全然認めないのに、原判決は一審判決を引用して、上告人は、本件権利の使用料として、昭和四二年度に三菱油化株式会社から金三〇〇万円、住友化学工業株式会社から金三〇〇万円、内海化工株式会社から金九五六、八一三円、中備化工有限会社から金一、六八八、〇五一円、小野熊商店株式会社から金四八万円、日本マトロン工業株式会社から金四万円、合計金九、一六四、八六四円を受領し、昭和四三年度に三菱油化株式会社から金九〇万円を受領したと認定し、また、本件権利の譲渡の対価として、上告人は昭和四四年度に稲畑産業株式会社から金二、四〇〇万円、三菱油化株式会社から金九〇〇万円、住友化学工業株式会社から金九〇〇万円、合計金、四、二〇〇万円を受領したと認定しているのである。

これは、恰も、建築費金九一二万円で建築した家屋を全然増改築もしないで、賃料九、一六四、八六四円と九〇万円で他に賃貸し、その後右家屋を代金四、三〇〇万円で他に売却したと認定すると同じで、右認定が経験則に違反していることは明らかである。

二、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

原判決は、本件実用新案権は、所得税法施行令一二六条一項二号にいうところの自己が製作した減価償却資産に該当するので、その取得価額は、原材料費、労務費及び経費……の合計額であると判示し、一審判決を引用して「……原告(上告人)本人の肉体的、精神的労務費については、原告(上告人)が本件実用新案権の取得及びその実施に際し多大の労力を費したことは相像に難くない」と判示しながら、「……取得価額として減価償却していくべきものは、必要経費性を有するものに限られるというべく、従って自己の労務費を必要経費と認めていない所得税法の下においては、必要経費性を有しない自己の労務費見積額を減価償却すべき取得価額に算入することはできない……」と判示し、上告人の本件取得に要した労務費は約三千万円で、右は前記届出書(甲第一三号証の一の一)の二の(8)の金一億円の中に含まれているとの主張を排斥している。

なるほど、本人の労務費は所得税法上所得に対する関係では必要経費となるとは解されていない。本人の労務費であれ、親族従事者に支払う給料であれ、いずれも必要経費性を有してはいるが、所得税法は一定の政策的理由により、所得に対する関係では、これを必要経費としないのである。すなわち、所得税法においては青色申告者の家族専従者の場合(同法五七条)は別として、親族従事者に支給する給料、手当等を必要経費としないことにしているのである(同法五六条)。従って、必要経費となる使用人の給料は原則として他人を使用人として使う場合の給料を指すことになっている。だから、所得税法上は本人の労務費の如きは必要経費として取り扱わないことにしていることは、明らかである。

前叙の如く、本人の労務費は、所得に対する関係では、一定の政策的理由により、所得税法上必要経費と認められていないが、所得税法施行令一二六条一項二号は「自己の……製作……に係る減価償却資産の取得価額は……原材料費、労務費及び経費……の合計額」と規定するのみで、取得価額に対する関係では、本人の労務費を取得価額から除外する規定は存しない。

本件実用新案権は、もともと、上告人一個人の労務によってのみ形成され、上告人の労務がなければ資産の存在もなく、また資産価値の発生、向上もあり得ぬ性質のものである。蓋し、発明考案が固定資産として登録されるためには、新規な独創的技術思想が法律要件とされているので、特殊な、高度の知能の発揮と秘密の保持とが要求される。従って、殊に、個人発明家の場合、他人の労務を期待、利用することは危険を伴ない、またこれに関連する争訟事件についても、本人がその都度権利の技術内容の特殊性、顕著性等の説明を行なわざるを得ないので、前同様これらに要した一切の本人の労務費は取得価額ないし資本的支出の額に算入されるべきである。

所得税法四九条一項は減価償却資産の取得価額を償却費として該資産所得の金額の計算上必要経費に算入する旨規定するが、本人の労務費はもともと必要経費的性格を有するのであるから、所得に対する関係では必要経費と認められなくても、償却費としては、該資産所得の金額の計算上必要経費に算入することにしても、少しもおかしくはないのである。

大工が自己所有の貸家を建築したとする。材料代が一五〇万円で、もし他から大工を雇えば大工賃五〇万円を要したとする。その場合は右貸家の取得価額は、二〇〇万円であるが、たまたま自分が大工だったので、他から大工を雇わず、自分の労力で建築した場合には、右貸家の取得価額は材料代一五〇万円だけだということは不合理である。

最高裁判所第三小法廷昭和四六年六月二九日判決(最高裁判例集二五巻四号六五〇頁)は損害賠償請求事件についてではあるが、「……受傷のため付添看護を必要とした被害者は、付添看護をした者が近親者であるため、現実に看護料の支払をせず、またはその支払請求を受けていない場合であっても、近親者としての付添看護料相当額の損害を被ったものとして加害者に対しその賠償請求をすることができるものと解するのが相当である」と判示している。この法理は減価償却資産の取得価額の解釈にも導入されるべきである。

原判決は結局所得税法施行令一二六条一項二号の「労務費」の解釈を誤まり右法令に違背しているのである。

三、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要な事項につき判断を遺脱した違法があるとともに、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反がある。

原判決は一審判決を引用して「……争訟費、本件実用新案権の維持、管理に要した費用及び改良育成費については、これを支出した旨の原告(上告人)本人尋問の結果はこれによってもその具体額が不明であることからにわかに信用できないし、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない」と判示し、争訟に要した費用は約一千万円、侵害の調査、摘発、排除に要した費用は約三千万円、試験、研究、開発、市場開拓に要した費用は約二千万円で、右は前記届出書(甲第一三号証の一の一)の二の(8)の金一億円の中に含まれている旨の上告人の主張を排斥している。

しかし、成立につき当事者間に争いのない甲第一四ないし第一六号証、甲第一九、二〇号証、甲第三〇ないし第三三号証によれば、本件実用新案権出願に際しては、積水化学工業株式会社および丸登化成工業株式会社から異議の申立を受け、その審判手続は特許庁において昭和三三年から昭和三六年まで審理を重ねた挙句昭和三六年ようやく上告人に登録を認める旨の審決を勝ち取ったこと、昭和三六年一一月一七日に丸登化成工業株式会社から本件権利の登録無効審判の請求を受け、爾来三年間特許庁において審理を重ねたこと、上告人がその頃広島地方裁判所尾道支部に対し丸登化成工業株式会社外一名を相手方として本件実岡新案権侵害を理由に損害賠償の請求訴訟を提起しており、昭和三七年四月二八日には東京地方検察庁に同会社を本件実用新案権侵害罪で告訴していること、昭和三九年ごろには上告人は岡山地方裁判所に対し伊藤忠商事株式会社外一名を相手方として本件実用新案権侵害排除を理由として損害賠償請求の訴を提起していることは明らかであり、上叙本件権利の侵害に関して要した争訟費とか、本件権利の侵害の調査、摘発、排除の費用は、本件権利の取得時において既に存在していた紛争に関し支出されたもの、その後の紛争等に関して支出されたものも、すべて所得税基本通達三七-二五の(一)および三八-二等により取得費となることも明らかである。

上告人は原審において前示事実を主張し(上告人提出の昭和五一年七月八日付準備書面(1)の第一の一、同年一一月二五日付準備書面(4)の第一の一)、前示証拠を提出したにも拘らず、原判決は右主張、右証拠につき何ら判断を示すことなく、右争訟に要した費用は約一千万円、侵害の調査、摘発、排除に要した費用は約三千万円であるとの上告人の本人尋問の際の供述は具体額が不明であるから信用できないとして、全然右費用はこれを認めないのである。

しかし、争訟をすれば費用がかかり、調査、摘発、排除をすれば費用がかかることは常識であり、全然これが費用を認めないことは経験則違反である。

また、検甲第一号証ないし検甲第七号証により明らかな如く、本件実用新案権は当初ビニール製畳表として出発したが、その材料をビニールからポリエチレンに、更にポリエチレンからポリプロピレンに変え、用途も畳表としては市場に受け入れられないので、花莚、座布団に変えるなど、いくたの試作、改良、試験、開発等を経たのである。

本件権利は無形資産であって、工業技術を記録した紙片に過ぎないので、その実形化が果されねば何ら実際の価値を生ずるものではない。従って、製品の試作、改良、試験、市場開拓等に要した費用は権利を実形化する過程における不可欠の実施費用であり、資産価値を生ぜしめ、かつその価値を増加させた支出である。

かかる試作、改良、試験、開発は上告人の市場開拓の努力と本権侵害の調査、摘発、排除の努力と相まって、本件実用新案権の価額を何倍かに増加させたのである。

このことは、本件実用新案権の存続期間は登録の日から一〇年であるが、右権利の消減する昭和四六年六月からわずか二年前に四、二〇〇万円もの価額で他に譲渡できた事実だけからでも明らかである。

上告人は右事実を主張し(上告人提出の昭和五一年七月八日付準備書面(1)の第一の一、同年一一月二五日付準備書面(4)の第一の一)、証拠として検甲第一号証ないし検甲第七号証を提出したにも拘らず、原判決は右主張、右証拠につき何ら判断を示すことなく、右に要した費用は約三千万円であるとの上告人の本人尋問の際の供述は具体額が不明であるから信用できないとして、全然右費用を認めないのである。

検甲第一号証ないし検甲第七号証が証拠能力も、証拠価値もなく、上告人の右主張事実が全く認められないというのであれば格別、そうでなければ、具体額が不明であっても、費用のかかることは常識であり、全然費用を認めないことは経験則違反である。

労務費、争訟費、侵害の調査、摘発、排除の費用、試験、研究、開発および市場開拓の費用の具体額が不明で、ために本件実用新案権の取得価額、資本的支出の額が明らかでなければ、これが再取得価額によるべきであり、再取得価額も明らかでないときは、資産再評価の基準の特例に関する省令(昭和二五年大蔵省令五四号)二条の規定の例により推定して求める外なく、その場合取得価額は同条一号の「当該資産について最も古い記録に記載された価額」によることとなる。

しかして、本件権利の取得価額を記載した最も古い記録は前記届出書(甲第一三号証の一の一)であるから、右届出書記載の金一億一、二一〇万円が本件実用新案権の取得価額となるべきである。

仮りに、そうでないとしても、取得価額不明の場合は、無体財産権の評価方法としても最も適切な収益還元法によるべく、相続財産評価に関する基本通達の線に沿って決定されるべきである(同通達七章無体財産権一四〇、一四一、一四六)。

上告人は一審において右と同一の主張をし、原判決も右主張を引用しながら、右主張につき何らの判断を示さず、上告人主張の費用の具体額が不明であると判示するだけで、具体額が不明な場合には、いかにして取得価額を算出するかを判示せず、前記届出書記載の数字を恣意的に取捨選択して取得価額を認定しているのである。

以上、いずれの点よりするも、原判決は違法であり、破棄されるべきである。

以上

(昭和五五年(行ツ)第九六号 上告人 坪山克己)

上告人代理人滝谷滉の上告理由

一、原判決には、本件実用新案権の減価償却開始時期の判断に関し、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

(一) 本件実用新案権は、個人の発明家である上告人が永年にわたる研究・開発等の上昭和三六年六月一四日に登録し、同四二年九月五日右権利に通常実施権を設定した後、同四四年二月一九日他に譲渡したものである。

(二) 原判決は、「上告人は本件実用新案権を登録した日以降その侵害について交渉をなし、これによって和解金等の収入を得ていたのであるから、本件実用新案権はその登録の日より所得を生ずべき業務の用に供されたものと認めるのが相当である」旨判示し、なお減価償却開始時期の判断の根拠となるべき具体的法令は示さなかった。

(三) ところで、原判決が維持した被上告人の本件実用新案権にかゝる課税処分の実体は、

(1) 昭和四四年分所得税賦課決定における異議棄却決定では「実用新案権の取得価額は登録の日から五年間の均分償却をすることに定められていることから、既にその大部分は償却ずみである」としながら減価償却の計算をせず、後に耐用年数に関する法令の適用を誤って一率に五年を適用したと述べて、著しく不合理な取得価額を始めて認定し、

(2) 減価償却開始時期に関する法的根拠については、「昭和三六年一二月から事業の用に供されたと認める」、「所得の基因となり又は事業の用に供された」、「登録の時点において本件権利が所得の基因となっていたのであるから本件権利を業務の用に供したといゝうる」と順次変更し、この間所得税基本通達二-二〇は適用しないと述べ、法人税基本通達七-一-六は最初適用すべきものとしたが後適用せずと改め、結局現在に至るまで根拠となる法令は明示しない認定

を内容とするものである。

(四) ところで、本件権利の減価償却開始時期の判断につき、所得税法第二条一項九号、同法第三八条二項一号、同法施行令六条八号等の、解釈にあっては、上告人は本件実用新案権を取得した当時その目的物の製造・販売を業とせず、従って本件実用新案権は自己にとっては現に営む業務の遂行上必要なものではなかったのであるから、本件権利取得の日から当然右権利を「所得を生ずべき業務の用に供した」として取扱うべきでなく、上告人が現実に本件権利を自ら所得を生ずるような業務の用に供するか、または他人に右権利を使用させて所得を生ずるような業務の用に供したとき、始めて本件権利を「所得を生ずべき業務の用に供した」と解釈すべきである。右解釈は「令六条八号に掲げる無形固定資産のうち現に営む業務の遂行上必要な……実用新案権……については、その取得の日から業務の用に供されたものとしてさしつかえない」という所得税基本通達(昭和四五年五月一日制定)が如実これを裏付けているのである。

ところで「所得の基因となり――又は――所得を生ずべき業務の用に供される」の解釈上、前者の場合は所得が前提となり、後者の場合は業務の用に供されることが前提となるのであって、その年分に所得が存在しなければ償却は不可能であり、他方業務に供された場合はたとい所得が生じない年分であっても供された日から減価償却すべき筋合となる。

所得税法第二条一項九号は、所得の基因となることゝ業務の用に供することゝを別個の概念だと規定し截然と区別しているのであって、本件実用新案権が登録の日から業務の用に供されたものと認めるのが相当であるという原判決の認定は、法令の解釈適用を誤り不当であるばかりか、右認定を正当化する法令上の根拠は何ら存在しないというべきである。

従って、本件実用新案権の減価償却開始の時期は、上告人が本件権利について通常実施権設定契約を締結した昭和四二年九月五日といわざるを得ない。

因みに、上告人の右主張は上告人の控訴審における昭和五一年一一月二五日付準備書面添付の左記著作物の記載によっても容易に判断することができる。

所得税法研究会編集

所得税質疑応答集 自二一一頁-至二一三頁

新日本法規出版株式会社発行

(五) 所得税法第三八条二項は、減価償却はその対象となるべき期間、期間の区分に応じ行うべきものと規定されている。しかして本件実用新案権は少くとも昭和三九、四〇、四一年の三年間は第一審判決も認定するとおり明らかに所得を生ずべき業務の用に供されず、また所得の基因ともなっていないのであるから、右年分は減価償却をすることは許されないのであって、前記期間についても減価償却を行うべき旨認定した原判決は、法令の解釈適用の誤りを犯している。

(六) 原判決は、本件権利の減価償却の計算にあたり、本訴係属後甲第一三号証の一の一のもとに、昭和三九月年一二月末日までに支出した経費を圧縮して認めた。しかし昭和三九年における支出の減価償却期間はその耐用年数に徴し法的に昭和四一年に終了しよう筈がなく、原判決はこの点に関しても著しく恣意的な認定を行い、法令適用の誤りを犯している。

(七) また原判決が認定した判断は、左の理由によっても法令の違反、並びに甚しい採証法則の違反があるというべきである。

1 判示は、前述の如く「上告人が昭和三六年六月一四日本件実用新案権を取得以降その侵害の摘発、排除等につとめ交渉をなし、これによって和解金等の収入を得ているのであるから、本件実用新案権はその登録の日より所得を生ずべき業務の用に供されたものと認めるのが相当である」と認定したけれども、上告人が甲第一四号証・乙第一七号証によっても明らかな如く、昭和四二年当時においてゞさえ、業界において事実上認められなかった本件権利の保持・保全のため侵害排除の措置を構ずることは、権利を「所得を生ずべき業務の用に供した」ことになるものではない。

2 第一審判決別表四<1><2><4><6>の上告人が収受した金員の相手方はすべて本件権利侵害を認めておらず、従って権利侵害の事実に因る損害賠償金ではなく、悉く本件実用新案権出願中に生じた権利の存否を中心として紛争を解決するための和解金または解決金である。

3 上告人には右の収入のあった昭和三六・三七・三八年度においては、本件権利が基因となった所得はない。

4 上告人が本件実用新案権の登録後和解金を得た相手方は前記<1><3><4><6>の三井物産、東洋樹脂、丸登化成の三社であるが、右三社の権利侵害はすべて本件実用新案権登録前(仮保護期間中)の昭和三三年から昭和三五年にかけての出願公告中に行われたものであり、従って上告人の右三社に対する侵害の交渉は本件権利を登録する以前から継続していたのであって、到底上告人がこれを業務の用に供したと認めるべきものではない。

二、本件所得税賦課決定処分は、当該処分の重要な事項に瑕疵が存在するものであり、これを理由としても取消されるべきである。

既ち、被上告人が本件課税処分にあたって「取得価額を認定せず恣意的な処分をなしたことは本件の全証拠に照らして明白であり、昭和四〇年に上告人が本件権利の取得価額と資本的支出の合計額を記載した唯一の記録である甲第一三号証の一の一の届出書を手許に受理しせおきながら、権利の耐用年数に関する判断を誤ったゝめ、これに対する何らの検討・調査をも施すことなく右届出書を完全に黙殺し、結局本件権利の取得価額を認定せず、ひいては必要経費に算入すべき減価償却費を無視した上所得金額を算出するという重大な誤りを犯したのである。

右の点は、課税処分における直接担当官の証言、並びに異議棄却決定書における理由の瑕疵、更には本訴提起後においてさえも右の著しい瑕疵に気づくことなく、第一審における昭和四七年六月一二日付答弁書において、取得費の認定・減価償却の規定の適用の誤りを争いながら、誤った場合における具体的内容をの釈明を求め、違法な処分をなしたことを知った後は、処分後相当期間を経過した事由もあり、急拠たゞ届出書の記載内容をいじっては何ら合理的根拠によることなく恣意により取得価額を認定し、或は更正する等の措置に出ているものである。

以上の如く、本件課税処分は処分の根幹につき所得税法並びにその付属法令に関し重大な瑕疵が存在するのであって、右瑕疵は本件課税処分の取消原因となるべきである。

以上

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